備前焼から美濃焼へと歩む陶芸家・黒岩達大の挑戦と進化
(くろいわ・たつひろ)
1970年神奈川県横浜市生まれ、千葉県出身。1995年岡山県備前陶芸センター修了後、備前須恵作家の好本宗峯氏に師事。2001年に佐賀県有田焼細工師北川美則氏に師事。2003~2006年、山口県周南市八代盆地にて築窯、作陶活動を開始する。2012年に岐阜県可児市久々利大平に移り 築窯、作陶活動を再開する。
展覧会
2015年 伝統工芸の現存性 MOA 美術館
2016年 現代陶芸・案内 茨城県陶芸美術館
2017年 美濃陶芸展大賞展 とうしん美濃陶芸美術館
2018年 胸キュン♥COLORS 窯芸の彩色 茨城県陶芸美術館
桃山から志野へ志野織部伝統の継承展 そこう美術館
2022年 未来へつなぐ陶芸 伝統工芸のチカラ展 パナソニック汐留美術館
公募展 受賞
2014年 第45回 東海伝統工芸展 岐阜高島屋賞(獎励賞)
2015年 第21回 庄六賞茶盌展 金賞
第42回 美濃陶芸展 美濃陶芸大賞
第3回 陶美展 十四代柿右衛門記念賞(優秀賞)
第46回 東海伝統工芸展 日本工芸会賞(最高賞)
第6回菊池ビエンナーレ 入選
2016年 萩大賞展IV 入選
2017年 第10回 現代茶陶展 TOKI 纖部優秀賞
2019年 第25回 日本陶芸展 賞候補受賞
第12回 現代茶陶展 TOKI 織部優秀賞
2020年 第13回 現代茶陶展 TOKI 纖部獎励賞
2021年 岐阜県伝統文化継承者表彰受賞
第49回伝統工芸陶芸部会展 日本工芸会賞
第48回 美濃陶芸展 東濃信用金庫賞
2022年 第25回 美濃茶盌展 大賞
第14回 現代茶陶展 TOKI 織部獎励賞
2023年 第54回 東海伝統工芸展 岐阜県教育委員会賞
第15 回 現代茶陶展 TOKI 部獎励賞
とうしん陶芸美術館収蔵 茨城県陶芸美術館収蔵 土岐市収蔵 可児市収蔵
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陶芸への道と備前焼の世界への挑戦
黒岩達大さんはサラリーマンの家庭に生まれ育ち、日本各地を転々とした幼少期を経て千葉県で10代を過ごしました。高校を卒業し二十歳を過ぎた頃には“何物でもない自分”に劣等感を感じ「自分自身の道を追求したい」という想いを持ち始めたそうです。
自分だけの何かを表現して、自己の存在を確立し、一生の職業としてやっていけるものとは…? そうして探し出した“答え“が陶芸だったのです。陶芸とは全く関わりのない生活を送っていた黒岩さんは、全国各地の産地や技術を調査し陶芸への道を模索する中で、「備前か志野をやりたい」と思ったそうです。最終的に選んだのが岡山県の備前焼の備前陶芸センターでした。当時は陶芸ブームが到来しており、備前陶芸センターには定員20名に対して200名近くが応募するという非常に競争の激しい状況でした。そんな中で黒岩さんは見事合格し、備前焼の世界へと足を踏み入れます。
備前陶芸センターでの日々は、陶芸の基礎技術だけでなく、焼き物に対する哲学や姿勢を学ぶものでもありました。備前焼は伝統的な手法を重んじ、非常にシンプルながらも力強い美しさを持っています。その奥深い表現の可能性に惹かれ、黒岩さんは陶芸に対する情熱をさらに燃やしていきました。
卒業後の5年ほどは備前焼の技術を更に磨き、そののち釉薬の勉強をしたいからと有田焼の地にも移り住みました。熊本、山口など西日本各地の産地もめぐり、その土地ごとの焼き物の伝統や技術に触れ、黒岩さんは少しずつ自分のスタイルを築いていきます。
美濃焼との出会いと岐阜県への移住
陶芸の経験を積み技術を磨く中で、黒岩さんの人生に大きな転機が訪れます。それが奥様との出会いです。
山口にて作陶活動をしていた黒岩さんは、陶器の販売のため年に一度、岐阜県多治見市を訪れるようになっていました。陶芸のイベント会場で出会った奥様の出身地 岐阜県は、美濃焼の郷です。陶芸を志そうと決意した22歳の黒岩さんがやってみたいと思った“志野”の地です。人生が大きく転換するきっかけとなった陶芸、そして奥様との出会いがきっかけとなり、志野を焼くために岐阜県南部の東濃地方への移住を決意。2010年に作陶の拠点を可児市久々利に構えました。
ここでの生活はまさに新たな挑戦の始まりでした。
偶然にも黒岩さんが工房を構えたのは、岐阜県内でも特に歴史的な美濃桃山陶の聖地であり、この地域は荒川豊蔵氏や加藤孝造氏の窯跡や工房などが残る陶芸の歴史的な場所でもあります。黒岩さんも移り住んだ後に、その「聖地」としての特別な意味を感じ取ったそうです。
この美濃焼の地の歴史や文化に触れながら、黒岩さんは作陶活動を一層深めていきます。
陶芸という分野が、一生をかけて成長することのできる職業であるという点が黒岩さんを魅了し続けるのです。陶芸を通じて自分の存在を表現しながら、時間をかけて成熟していく自分自身を見つめることができる。そんな陶芸の世界で、ただひたすらに努力を蓄積し地道に技術を積み重ね、語らずとも評価される道を歩むことを選んだのです。
黒岩さんの独自スタイルと影響源
備前焼や有田焼、美濃焼などの伝統的な技法を踏襲しつつ、独自性を織り交ぜた黒岩さんの作風は、若い頃にはバンド活動もした音楽、ファッション・デザインといった他の芸術分野からも影響を受けてのものです。作品の多くは一見するとシンプルでありながら、その中に深い味わいと緻密な技術が詰まっています。長く見つめるほどにその魅力が増していき、見る者に静かな感動を与える力を持っています。
それは黒岩さんが、単なる実用品としての“焼き物”ではなく、文化・アートとしての側面を持つ陶芸に強い関心を持っているところからきているのかもしれません。この視点から、作品には現代的なデザインや美意識が取り入れられているのです。
安土桃山時代には最先端の技術であっただろう美濃焼(黄瀬戸・織部・志野・瀬戸黒)を、独自のアプローチと自身の解釈で、地域の素材や技法を尊重しながらも、現代の技術を用いて黒岩さんは創り上げています。柔らかいグリーンが印象的な作品は現代版の“黒岩織部”です。現代版黒岩瀬戸黒も出来つつあるそうです。日々新たな挑戦を続ける黒岩さんは、伝統的な技法に現代の感覚を融合させ、独自の美意識を形にすることに情熱を注いでいます。
黒岩さんはおっしゃいます。「陶芸のことだけ考えて生きていきたい、何なら気分転換すら必要ない」と。
今も変わらず持ち続ける、陶芸への情熱
20代前半で偶然の出会いをした運命の陶芸。
作陶活動30年以上を経た現在、重視していらっしゃるのは、陶芸という静かな世界で語られる「声」として、多くの人々に感動を与え続け、魅了し続けること。
黒岩さんはゆったりとした優しい口調でおっしゃいました。
「陶芸を見つけた時、もうそれが“答え”だったから」
(2024年10月、インタビュー:志村 知夏)
Information
〒509-0224 岐阜県可児市久々利1-416